丹沢・高取山(伊勢原)〜聖峰



カシミール3Dの軌道

カシミール3DとハンディGPSを使用して作成した「GPS軌跡」のページです。軌道が切れたり飛んだりしてい
ますが、修正してありません。そのような場所は、
衛星の電波を受信できない杉林のような場所です、また、
軌道は、1分隔で記録しております。また、正確な縮尺はわかりませんがおおよそ25000分の1程度です。
撮影位置は、デジカメの撮影時間とGPS軌道時間からカシミール3Dで割り出しましたので、ほぼ正確です。

この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第87号)


日 時 2006年4月29日(土) 晴れ・曇り 18名
コース 自宅6:45〜茅ケ崎駅7:10 7:27〜厚木駅〜本厚木駅〜伊勢原駅8:21 8:30〜栗原(保国寺)8:50 8:55〜伊勢原ゴルフ場(東屋)〜大山南尾根〜高取山10:30 10:40〜聖峰分岐〜聖峰11:05 12:30〜保国寺〜比々多神社13:20 13:30〜ニュー天野屋13:40 15:50〜伊勢原駅〜厚木駅〜茅ケ崎駅〜自宅18:30
参考図書 25千分の1地形図「伊勢原」・エアリヤマッブ丹沢
始めに 企業内同好会である山岳部には、入社時から参加しかれこれ30年以上が過ぎます。
入社時は遊びが多様化しておらず、まだ、山に行く若い人が多かった時代で、スキーツアーやバスハイクを企画すると多くの参加者がありました。

それも今は、中高年の登山ブームとなり、入部する新入社員は無く、当時のメンバーがそのまま中高年となりましたが、40年近く、月1回の山行が続いております。

当時一緒に山を歩いた先輩方は、めでたく定年を迎えられ、それぞれの人生を楽しく過ごされているようです。

GWの初日に開催されるこの山行は、「座間の菅原文太」こと「相先輩」が企画し、かれこれ10年以上は続いております。じきに仲間入りする現役とOB・OGとの合同山行で、登り2時間以内・温泉・アルコール付きの別名「ナメクジ山行」とも言われておりますが、部の恒例行事になっています。

足より口の達者な先輩方で、にぎやかな楽しい山となります。

山行計画書では、栗原から三段の滝を経由し聖峰に登りますが、私は少し早く家を出て、伊勢原ゴルフ場側の尾根から高取山に登って、聖峰で合流することとしました。


山の神が早起きして作ってくれた、おにぎりを持って出発です。いつも感謝しております。
アルミ車両となった相模線ですが、相変わらずの単線で、上り電車の待合わせで3分・5分と停車します、でも、車内でおにぎりを食べても自然なローカルな相模線が大好きです。

伊勢原駅から8時30分発の栗原(くりばら)行きのバスは、工場団地に休日出勤する人を降ろしながら、山間にある里山栗原に向けて細い道を走ります。乗客は私一人となり運転士さんは、「お客さん山に行くならここで降りたほうがいいよ」と聖峰への道標がある「保国寺バス停」で降ろしてくれました。(終点栗原まで行ってしまうと登り直しになるようです)。保国寺から聖峰へは九十九曲を登り30〜40分です。


  写真1 保国寺地蔵

「保国寺の百体地蔵」

 栗原の保国寺に考戒という坊さんがいました。この頃は赤ん坊のうちに亡くなってし まう子供が多かったので、無事に育つようにとの祈りを込めて、子育て地蔵を百体作る 決心をしました。
 村人たちも協力して10年かかって作り上げました。 保国寺には一体の丈六(約5m)の親地蔵さんを置き、 百体の子育て地蔵は近郷近在の百の村々に配られ、村の家で一晩づつ供養を受けながら 一軒一軒まわり、子供たちの守り本尊となりました。
 今でも30数体のお地蔵さんが伊勢原の家々をまわっているそうです。




今日は、聖峰北側に位置する伊勢原ゴルフ場のある尾根から、大山南尾根の稜線に出て、高取山に登ってから聖峰に下り、クラブのメンバーと合流する予定です。所要時間は2時間です。 まず保国寺の地蔵様にお参りしました。

  写真2                             写真3 ミカン畑


保国寺から三段の滝方面に向かい法泉寺手前を右折、ミカン畑の中の道を尾根に向けて登って行きましたが、尾根のすぐ下のミカン畑で道は終点となり、ヤブを掻き分け尾根上の道路に出ました。

  写真4 伊勢原ゴルフ場 東屋         写真5 ゲート

この道路は、ゴルフ場内で、グリーンの脇をぬけ、ゴルファーのために作られた東屋のある場所に出ます。
「ファー」 下手なゴルファーが打ったボールが、どこからが飛んでくるかわからないため、早足で通過しました。

道は、P356.6m峰の左側を巻き、途中に車止めゲートがありますが、道はまだ上に登って行きます。


  写真6                        写真7

P410m峰との鞍部手前から山道となり、道は尾根左側を巻いて進み、P410m峰は気がつかないまま過ぎてしまいました。

伊勢原市で設置した道標がある場所で、初めて休憩を取りました。


    写真8                     写真9 稜線との合流地点


植林地内の赤土の急坂を登り切ると、通報番号39番標識のある場所で稜線にでました。

写真10 高取山



見晴らしの悪い尾根を歩き、アンテナのある高取山山頂へ10時30分着。

山頂からは、霞んでいますが伊勢原・厚木市街地が見えます。10分間の休憩



 写真11 聖峰分岐                写真12


念仏山方面に階段を下り、平坦になった場所が聖峰への分岐です。

ここから登り使いたくない程急な斜面を下ります。急斜面が終わり平坦になると気持ちの良い自然林の尾根です。

高取山に登るならこちらの尾根がお勧めです。


写真13 聖峰




聖峰は、少し下った場所で、急に前面が開け感動的です。天気が良ければ横浜ランドマークタワー、都心の高層ビルが見えますが、今日は天気が良くないため、江ノ島位までです。11時05分着

まだ、クラブのメンバーは着いていませんが、九十九曲の下の方からガヤガヤと声が聞こえています。もう少しすれば見えてくるでしょう。





「聖峯は、」   標高375メートル。

聖峯の名は古い伝説のなかで生まれた。
天平の頃、紀伊国、高野山のふもと天野郷に、阿字の長者とよばれる賢女がいた。一夜一人の旅僧が夢枕に立ち、「私は世の中を救おうとする大願をもっているが、しばらく長者の胎を借りたい。」と言うと長者の口の中へ入ってしまった。やがて長者には立派な男の子が誕生し、長者は不思議な夢にちなみ、その子に「救世若」という名を付けた。「救世若」は比叡山に登り、円仁慈覚大師について修行をつみ、当地に来たのは貞観のはじめ頃(859年頃)であった。「救世若」は人々から「天野の聖」又は「子の聖」と呼ばれ、当峰を選んで不動尊をまつり、また、自らの練行の場としたので、聖峰の名が起きた。「救世若」は非常に長寿であったことや、足腰の病の神として人々にまつられている。
 「うもれ起」より (商工観光課)



 写真は左から、キャンプは相チャン・山は峰さん・スキーは松チャンとも言われ 3人で力を合わせてクラブを盛り上げた大先輩3人です。



17名のにぎやかなメンバーと合流し、身勝手に違うコースを歩いて来た私には、メンバーの視線が少し冷たく感じます。

いつもリーダーの相先輩からは、「俺のコースが気に入らないのか」と怒られますが、どうぞお許しください。




広い芝生の広場での昼食は、各自持参の昼食を広げ、ガヤガヤとにぎやかな楽しい時間です。  当然アルコールも少し?

下りは、女坂(林道)を下り、登り口の保国寺に着きました。



それから、相模国三之宮比々多神社に参拝しました。因みに、相模国の一之宮は寒川神社(寒川町)、二ノ宮は川勾神社(二ノ宮町)、四之宮は前鳥神社(平塚市)です。



   写真14 相模国三之宮 比々多神社    ニュー天野屋



比々多神社から、迎えののマイクロバスに乗って、「ニュー天野屋」の日帰り温泉に寄って行きます。


ニュー天野屋は、伊勢原の郊外にある温泉ホテルで、何でここに温泉があるのと思うような場所ですが、肌がつるつるする泉質の温泉でした。




広間に荷物を置いて風呂に入りましたが、着替えを忘れたため汗臭いシャツをまた着ることとなりました。

広間に戻るともう宴会は始まっており、2時間のガヤガヤと楽しい時はあっという間に過ぎました。このまま宿泊したくなりましたが、マイクロバスで伊勢原まで送ってもらい解散となりました。

また、来年も是非とも参加させていただきます。


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